昨今の問題の多くが「権力と服従」で説明できるのではないか。
例えば、就職面接で「残業代は出ませんが、それでもよろしいですか?」と聞かれた際に「よろこんで!」と答えるのが正解だったとする。なぜそれが正解なのか。法に反していないかとは思うが、これは典型的な「権力と服従」の表れではないかと思う。言い換えれば「服従する気はあるか」と問われているのであり「あります」と答えるのがこの種の権力関係において正しいのだと思われる。
雇用契約はここ日本に於いて今に至って根付いているとは思えないが、われわれに対等な関係が考えられないからではないか。だから雇用者に無限の奉仕をするのが正しいあり方だと思われている。権力に服従することが正しいのだと。「なんでもやらせていただきます!」というわけだ。
仮にこの関係で残業代が支払われたとしても、それは恩寵であり、正当な対価ではないかもしれない。あくまで「ここまでしてくれているのだから」という意識であり、対等な関係ではない。何をするにも権力側に権利がある。
であれば例えば労働基準法のような法律体系も、当然実質的に機能することはない。「一日8時間、週40時間を超えて働かせてはならない」という原則も全く考えられることなく当たり前のように36協定が結ばれる。なぜなら権力に服従するのが就職するということであり、基本的に全ての時間捧げていなければならないからである。法律はわれわれの意識を反映していない。そう思う雇用者や、あるいは残念なことにそう思う労働者も多いのではないか。